きらきら

わんこのお話からお仕事のお話からおいしいもののお話から。なんでもありあり。

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昨年母が大腸ガンの手術を受けました。
それ以来、ガンという病気が自分にとってもすごく身近なものとなりました。
将来自分もかかるかも知れない、今や国民病となったガン。
まだまだガン治療は後進国の日本。
いろんなことを考えるきっかけになった母の闘病について、少しずつ書いていこうかと思っています。

母が「血便が出る」と、言い出したのは確か昨年の2月頃。
もともと痔持ちで、トイレに行って出血することにあまり危機感のない人だったのですが(しかも超健康体)、それが「ちょっとおかしい」と、言うのです。

「早く病院行って検査しなよ。何もなければそれで安心するし、悪い病気なら早めに治療しないと」
と、応える私だったのですが、このときもっと強く言って病院へ行かせていれば……と、思っています。
結局忙しいとかそんな理由をつけて、病院へは行かずじまいでした。

血便が頻繁になり、さすがに不安を感じたのか、10月頃になって、また「おかしい」と言い始めます。もうそのときには私も容赦なく、
「まだ病院行ってなかったの?おかしいとか言ってる間に病院行かないと!」
と、怒ったのです。
母は、父が肝臓の病気で通っていた近くの総合病院へ出かけて行きました。

あれですね。私も内視鏡検査受けたことありますが、非常に嫌ですね。前日の夜からなんかわけの分からないダイエット食みたいなものを食べた上に下剤を飲まなきゃならないし、当日は朝から死ぬほど腸洗浄の薬を混ぜた水を飲まなきゃならないし、そうするとひっきりなしに便意が襲ってきてお尻が痛くなるし。
私の場合、腸洗浄は自宅で飲んだのですが、母は病院へ行ってから飲んだみたいです。たまに具合が悪くなる人がいるようなので、それが正解なんでしょうか。病院によって違うのかも知れません。
そして、あの内視鏡が腸を進んでいくときのいや?な痛み。
痛みは人によって全然違うようですが、一般的にS字部分をカメラが通るときには、カーブを伸ばしながら入っていくので痛みとか違和感があるようです。一応ガスで軽い麻酔を入れるんですけどね。私は痛かったです。母は、そもそも痛みをあまり感じない人なので、検査そのものは「どーってことなかった」みたいです。

で、検査から戻ってきた母。
「どうだったの」
と、聞くと、
「なんか、出来てるって言ってた」
と言います。
「何が?」
「大きなポリープがあって、小さければこのまま切除できるけどもう無理な大きさだって」

「ああやっぱり」という気持ちが広がりました。やっぱりそうか、何故もっと早く病院へ…とは母には言えませんでしたが。
「まあでも、悪性かどうかは調べないと分からないんでしょ」
と、言うと、
「でも、なんだか、手術で取っちゃえば大丈夫だよ、とか言って、もうガンって決まってるような言い方だった」。
「もしそうなら、あの病院で手術は不安だなあ」という母。ご近所の評判はあまりよくないようです。
「まあそれは他の病院でもいいじゃない。Aさんが大腸ガンの手術受けたのは○○病院だったでしょ。△△病院もあるし。セカンドオピニオンってのもあるんだし、自分で病院は選べばいいのよ」
と、答える私。でもこの病院を選ぶという作業、口で言うほど簡単なことではないと、あとで実感するのですが。

検査結果は1週間後。とにかく悪性じゃないことを祈りましょう、と、言って、私も説明を受けるときには同行することにしました。

検査結果を聞きに行った当日。私は連日の仕事の疲れが溜まっていてふらふらだった上に、朝からの予約だったのですっぴんで病院へ。
対して母はきちんと口紅まで塗っています。彼女は体型もふっくら(緩やかな表現だ)なので、たまたま会ったご近所の方に、
「今日はどうしたの、娘さん具合悪いの?」
と、言われる始末。私が付き添いとは思われなかったようです。

こんなに元気なのだから、大丈夫、という気持ちが湧き上がります。でも反面「覚悟しなければ」という気持ちはゼロになりません。

さて1時間ほど待たされて診察室へ(どこの病院も待たせすぎ)。
先生は内視鏡検査のフィルムを取り出し、説明を始めます。
「内視鏡検査の結果ですけれどね、ここに少し大きくなったポリープがありますね。これは内視鏡で切除できなかったのですが、組織を調べてみると、そうですね、いわゆるS字結腸ガンということになります」
とても穏やかにとても普通に、先生はそう仰いました。
「はあ」
母は他人事のように腸に映ったがん細胞を眺めています。
「やはりこれはなるべく早く手術をした方がいいでしょう」
そう言われて、私は
「あの、これはどの程度進んだガンなんですか」
と、思わず聞きました。
先生「それはこれから検査しないとなんとも言えないんですよ」
私「そうなんですか」
先生「開けてみて初めて分かることもありますし」
私「どれくらいの入院になりますか」
先生「そうですね、早ければ2週間、長いと1ヶ月以上になる方もいます。これは個人差があります」
などなど、いくつか私が質問して答えていただきました。母は終始先生の言うことに耳を傾け、相槌を打つ程度だった気がします。

「では、うちで手術ということであればすぐに予定を組みますが」
と先生。
「先生、申し訳ないんですけど、相談したいところもあるので、今日のところは決めずに帰りたいのですが」
と、私が言うと、
「ええ、勿論他に希望される病院があるなら紹介状を書きますから」
と仰いました。
「ただ、あまり時間が経過しすぎると進行しますから、そこはよく考えていただいて」
とも。
分かりましたと答え、母と病院を出ました。

母は見た目にはそれほどショックを受けたようには見えなかったのですが、やはりどこかぼんやりした感じでした。
覚悟はしていたつもりでも、いざはっきりとガン告知をされると、心に打撃があるものなのですね。

私はと言うと、思った以上に冷静だったようです。
「大変なことだ」と言う気持ちはあるのだけれど、「どうしようどうしよう」と動揺するような気持ちはなくて、とにかくしっかりと状況を見極めようと思っていました。

このときの私の病院での対応やその後の処理などを、母から聞いたあるご婦人は、
「さすがね。あっぱれというか、見事だわ。心強いわね」
と、言ってくださったそうです。まあ、娘といったって、もうかなり大人なんですから、これくらいの対応が出来て当たり前なのですけどね。
でも、患者本人にとってみれば、心に打撃を受けたときに、どれだけ家族の支えが必要か、という事を、今でも痛切に感じてます。

今日のところはここまで。
うーん。長い道のりになりそう(笑)。
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